朝青龍
の引退会見から一週間たった。
そこで、その間に考えたことをいろいろと書こうと思う。
まず、解雇…と言う最悪の処分を免れるために引退というのはやむを得なかったのだろう。だが、度重なる不祥事となると、報道されていないだけで過去の横綱やほかの力士にもあったはずだ。例えば、もう古いが時津風部屋力士暴行死事件
なんかは、角界の古い体質の現れだろうし、酒の上でのトラブルだって同じ。ただ、朝青龍は日本人力士にはない…と言うか、角界では土俵上で感情を露わにしたり、取り上げやすかっただけにマスコミの取材という名の暴露合戦の標的になったのだと思う。
個人的な主観だが、先場所でのいわゆる暴行事件だが…被害者が暴力団に繋がっているとかいろいろとと憶測はあるようだが、「がんばってください」という言葉そのものが悪かったのではないだろうか。
「がんばる」という言葉が嫌いだ。そして、「がんばれ」と言う言葉には嫌悪すら覚える。
なぜか? それはとても無責任な言葉だと思うからだ。確かに「がんばれ」という言葉は応援や声援であるだろう。だが、かけられる方にしてみたらだろうだろう? 彼らは目的のために最善の努力をし、最高のパフォーマンスをしようとしているはずだ。それなのに、気軽に応援、声援で「がんばれ」と言われたならば、朝青龍のようにキレてしまうひともいるかも知れない。もし、暴行事件の現場で、「優勝してください」だったら結果は違ってたかも知れない。いまさら「たられば」になってしまうのだが、声援のかけ方で違っていたかも知れないと思うと、残念でならない。
だから、個人的に出来るだけ応援の時は「がんばれ」と言う言葉は使わないように心がけている。応援だけじゃなくて、何かをしようと思っている人、何かをしていて行き詰まっているひとに対しても。誰もがその人なりの努力をし、考えているのだから。無責任とも言える「がんばれ」はなにか違うのではないか…と思うのだ。
朝青龍は、モンゴルの平原を舞う、鷹のようだと思っていた。土俵の外では天衣無縫、自由に…そして気ままに行動しているように見える。が、ひとたび土俵に上がると目つきが変わる。特に仕切りの時間切れ、最後に気合いを入れる仕草などは獲物を見つけ、ダイブする瞬間の猛禽のように感じられた。もう、あの姿が見られないのだと思うと、悲しいし、寂しい。朝青龍は角界だけで収まるような器ではないと思う。が、どんな形でも良いから、朝青龍が活躍してくれることを願う。
高砂親方を責める発言もあるが、五十歩百歩ではないだろうか。高砂親方の指導力に関しては、あの性格だからこそ、朝青龍は自由にやれたのではないだろうか。その点に関しては高砂親方を責められないと思う。だが…力士として朝青龍が尊敬出来たり、親しんだかどうかは別だ。もし、高砂親方を尊敬出来ていたならば、こんなことにはならなかったのかも知れない。そして、非常に残念なことだが、高砂親方は横綱を指導…或いは教育出来なかっただろうと思っている。横綱が日頃受けるプレッシャーに関しては横綱経験者にしか解らないだろう。Twitterでは呟いたのだが、相撲教習所があるのなら、横綱教習所も作ってしまえばいいのだ。相撲協会には横綱経験のある親方も多いことだし、横綱に求められるものや、横綱だからこそ感じる重圧などを経験者の視点から新横綱に教えていけば、外国人横綱がこれから増えるだろうから角界や横綱審議委員会の求める品格ある横綱を作っていけるのではないだろうか。まあ、そうなると良い子ちゃんの横綱しかいなくなってしまって面白くなくなるのだろうが。
最後に、朝青龍の特別功労金だが、1億越えでも問題無いと思う。特にテレビCMに多く出演し、協会にかなりの金をもたらしただろうからその点は評価されるべきだ。
朝青龍だからこそ、ファン太郎なんていうキャラクターをやれたのだろうから。今、角界にあんなことをやってくれそうな、或いはなんでもやってくれそうな力士がいるだろうか? いないと思う。69代横綱白鵬がCMに出ているが、オフィス機器のCMで真面目っぽいものだ。朝青龍ほど多彩なキャラクターを見せ、やってくれた力士は今後現れないかも知れない。そうだとしたら、朝青龍を失った相撲協会はどういう力士をCM界に売り出していくのだろう。逆に言えば、CM界が求めるような力士を育てられるか…と言うことでもあろう。
なんだかんだ言って、朝青龍が好きだった。
今はただ、お疲れ様…とだけ言いたい。
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